head2010_001.jpg

2005年12月11日

「知っている」ということ「感じる」ということ (2004年スタッフに宛てた手記からの抜粋)

「イラク戦争」を知っていますか?

「あたりまえやん。TVでも毎日報道してるもん。」

たいていの人がそういう風に思っているのではないでしょうか?確かに、知識としては知っている。では

「イラク戦争」をどう感じていますか?

こう聞かれたらどうでしょうか?ちょっと戸惑いを感じる人が多いいんではないでしょうか。
ここで1つ例え話をします。

僕は幼い頃によく木登りをして遊んでいた。
なんのしがらみもない幼いときに登ったあの木。
木から落ちそうになって、よく擦り剥いたけど、そんなことはお構いなし
誰が一番高い場所まで登れるか、、、
それだけが僕らの興味、、、
あいつよりも少しでも高い場所に登るにはどうしたらいいのか、、、
それだけが僕らの悩み、、、
どこに足をかけて登ろうか、、、
次の右手はあの枝に伸ばそうか、、、
そうして覚えたあの木、
まず一つめの枝は一番太く、僕のオナカ周りくらい。
次の枝は、少し高くて右手を精一杯伸ばしてやっとのところに、、、
この木のことなら誰よりも知っている。
たとえ、この木の学名や、属種、針葉樹なのか広葉樹なのか、、、
そんなことは聞かれても分からないとしても、
僕はこの木を知っている。


この話の中の「僕」はこの木を確かに知っているんですね。
体で「感じて」知っている。
いくら、この木を教科書や図鑑で見て知っているからと言って、それはただの知識にしかならない。
もちろん、知識がある事自体は否定しませんが、「感じる」ということの方が「知っている」ということよりも重みがあるし説得力がある。
そのことが日常ではあまり重視されてない。
学校教育でも、そう。知識ばかり脳味噌に叩き込んで、実際に経験させることが少な過ぎる。
だから、イラク戦争をTVで見てわかったような気持ちになってしまうのではないでしょうか?
つまり、知識としては「知っている」が、「感じる」ことはできていない。
TVで見るような事件やニュースという媒体からの情報は実際に私達が思っているよりは分かっていないことのほうが多いのではないでしょうか?

(2004年スタッフに宛てた手記からの抜粋)


posted by マモる at 22:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは(^^)

数年前、
大東亜戦争(第二次世界他大戦)のタイ在留日本兵士の、
おじいちゃまたちにお会いして取材をしたことがあります。
そのおじいちゃまたちの人生を体験は出来ないけれど、
語りぶり生活ぶり背景に、いろいろなものを感じました。

そんなことをふと、思い出しました。

近頃、哀しい事件が多いですね。

「感じあう」ことが出来れば、防げた事件がたくさんですね。
Posted by エミージズ at 2005年12月19日 12:05
それは貴重な経験をされましたね。
僕の知人は出張で台湾に行くと、現地の年輩の方たちは日本語を話すらしいです。
日本による植民地時代のナゴリなのでしょう。心が痛いです。
もっと「感じ」合うことができれば、、、
もちろん僕自身も含めて、、、
Posted by マモル at 2005年12月20日 21:29
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
head6-blog.jpg

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。